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うみのうたごえ」の場面は磯だ。海と土地とが溶け合い、寄せ合い、せめぎ合う、中間領域。汀。「あわい」。そこでは水陸だけでなく、さまざまなものが混じり合う。空気、光、音。上下左右の方向感覚。すべてがゆらぎ、波打っている。そういう場所にこそ、生命があふれている。
しゃべり声は歌に転じ、身じろぎは踊りへと変わる。本来、あらゆる芸術作品は、そのような「あわい」のただ中で立ち現れるものだった。ヒトと動物の入り交じるところ、神と人が語り合う時間。おとなとこども。男と女。生と死。両極同士がぶつかり、あたらしい火花、きいたこともない音楽が、目の前に生じる。けれどもそれは、いつだって必ずあたらしい。当然だ。僕たち自身がその「あわい」を通ってこの世に出てきたのだから。
「うみ」は「海」であり「産み」であり「熟み」でもある。生命はたえず波打ち、遠のいていったかとおもえば、またあらたな、なつかしい相貌で、磯へともどってくる。同じかたちのものはただひとつもない。マキガイの渦はすべてちがう。エビの背の模様、カクレクマノミの筋の位置も。多様性こそが生命の豊かさにほかならない。
 磯で巻き起こる、ささやかで苛烈な騒動のなかに、わたしたちは、ばらばらであることの幸福を見届けるのだ。
いしいしんじ(作家)
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